2008年4月1日

久しぶりに更新!

いやぁーーー光陰矢の如しとはいったもので、早いものでもう4月1日。
ともだちからは、blog更新しないの?って言われたり、雲隠れしているのって言われたり。笑

ちゃんと生きています!!ちゃんと学生しています。

近々更新いたします。よろしく。



2007年10月30日

後期登録完了

雨のカガヤン・デ・オロから、こんばんは。

早いもので2007年10月もあと一日となりました。よくよく考えてみると、2007年も残すところあと2ヶ月。時間の経過を感じます。

さて、きょうから医学部も後期の登録が始まりました。こちらの場合は、学期ごとになっているために学期ごとに受講手続きをしなくてはいけません。日本の大学のシステムと大きく違うことで、学部間の移動が比較的に簡単であること、また大学間の移動も同様であること。そんなこともあるために、学期ごとの登録になるのではないかと思います。

たとえば、前期だけ看護学部を受講して後期から、教育学部に転部することもあったり、あるいは、前期だけ医学部に登録して、後期は受講しないないなど様々です。医学部の場合は、すでに学部を卒業していて、中には、海外でやっぱり働いた方がおかねになるからということで、看護師、臨床検査技師、理学療法士の免許を持っている人は海外に行ってしまうケースもあります。後期からいなくなっちゃう同級生もいるのではないかと思います。

何はともあれ、3月まで、一歩ずつがんばります。

後期は、生化学、神経解剖などがメインで覚えることがいっぱいです。



2007年10月16日

学期休み

前回blogを更新したのが、2007年9月4日だからちょうど一ヶ月と11日前。ずいぶんと長い間更新してなかったのだなあと実感しました。

この一ヶ月前期試験があったりして、その準備におわれていました。11月5日まで休みなので、まめに更新したいと思います。

この学期休みの間は、同級生は実家に帰ったり、旅行に出たりといろいろとですが、僕はしっかりと復習と予習をしたいと思います。みんなよりもちょっと遅れているので、反復勉強をして少しでも、身につけないといけないです。

いい意味での緊張感を持続することも休みの課題だと思います。出来るだけ、大学の図書館で勉強したり、数人で勉強をしたいというひとと学ぶこともいいかと思います。夢の中で覚えたことがいっぱい出てくるので、正直寝ることに集中したいと思うこともあるのですが、夢の中でもう一度整理するのもそれなりに効果があるかな。

そうそう、医学生ということなので、医療現場もちょこっと見学に生きたいと思っています。あまり手を広げない程度で。

きょうのカガヤン・デ・オロは晴れ渡っています。



2007年9月4日

何があっても前向きに突き進むことだ。立ち止まるなよ


何があっても前向きに突き進むことだ。立ち止まるなよ。

吉行あぐりさんの著作をドラマ化した「あぐり」の中での台詞です。
今からちょうど十年前にNHKの朝のドラマで放送されていました。毎朝これを見るのが日課でした。(見られない時はしっかりと録画をして。。)

どんなことがあっても、前向きに生きる吉行あぐりさんってすごいな、って思いました。ドラマを主演された、田中美里さん、野村萬斎さんの演技が良かったです。

僕も人生いろんな岐路に立つことがありました。いまも人生の大きな岐路から前に進んでいます。

たゆまない歩み、Ever Onward

これからもがんばって医学の道をあゆみます。



2007年8月30日

まる2年。2005年8月30日 火曜日




Monday, 29th of August, 2005
Japan Airlines 741 Tokyo/Narita 09:40 departure -- Manila 13:00 arrival

Tuesday, 30th of August, 2005
Air Philippines 533 Manila 08:40 departure -- Cagayan de Oro 10:05 arrival

Friday, 2nd of September, 2005
Cebu Pacific 382 Cagayan de Oro 07:15 departure -- Manila 08:40 arrival

Monday, 5th of September, 2005
Japan Airlines 746 Manila 09:30 departure -- Tokyo/Narita 14:45 arrival

2年前の日程表です。

早いもので、カガヤン・デ・オロに初めて来てから丸2年が経ちました。この2年の間にいろいろなことがありました。過ぎてしまうと本当にあっという間でした。きょうという日に改めて感謝です。

きょうの朝は、2年前と同じく少々曇りでした。マカティで迎えた8月30日の朝は晴れそのものでした。ともだちが迎えにくるはずだったのですが、寝坊をしてしまい僕はそのままタクシーでマニラ空港国内線へ移動しました。当時は、アキレス腱を切ってしまったあとだったので、取り外しの出来るキャストをはめたままでした。

国内線では無事にチェックインをすませて国内線ターミナルで出発を待っていました。

なにしろフィリピンはまったくの初めてだったのですが、あまり緊張をすることもなくのんびりしていました。ちょうどミスドがあったので、そこでミスドをほおばりながら。あれから何回この国内線ターミナルで飛行機を待ったことでしょうか。

フィリピン航空と提携のエアフィリピンに搭乗。約1時間20分の旅でした。東京から福岡に飛ぶくらいでしょうか。時間的には。

空や海を眺めながら、どちらも真っ青で気持ちがいいな。

カガヤン・デ・オロ空港(通称ルンビア空港)に到着前に、何故かすぐに戻ってきてここで生活をするんだろうなって思ったことが今でも印象に残っています。

飛行機を降りみると、本当に個人まりとした小さな地方空港です。

僕が初めてのフィリピンということで、大学からBalchand神父様が出迎えにきてくださいました。大学はイエズス会の運営です。Balchand神父さまは大学のイエズス会の院長先生です。笑顔がすてきな方で、僕が快適に過ごせるようにいろいろと気を使ってくださいました。本当に感謝です。不思議な縁は続くもので、こちらで生活をはじめてから、カトリックの霊的指導をしてくださっています。

大学に到着する前に、大学の附属施設で東南アジアリーダーシッププログラムや、附属高校を案内してくださいました。改めて、大学の規模の大きさにびっくりしました。

少々雨が降ってきたのですが、気分は浮き浮きでした。Carmen橋を渡り、大聖堂の前を通りホテルへ。実はこのホテルその後の僕の同級生のご両親が経営されているホテルだったんです。びっくりしました。はじめて話を聞いた時は。何せ、僕のカガヤン・デ・オロライフの始まりはまさにCasa Crystallaでしたので。

ホテルの部屋に荷物を置いて、大学内にあるLoyola House(イエズス会司祭館、上智大学にあるSJハウスと同じ)で昼食をごちそうすることになりました。日本から来たということで、いろんな方をご紹介いただきました。なかには学長に就任されたばかりのVillarin神父さまとも初対面でした。先生は以前上智大学に留学されたこともあり、日本のこともよくご存知でした。それにしても、日本では考えられないくらい若い学長先生です。非常に魅力的な先生です。

昼食を終えてから、医学部の事務長さんがいらっしゃいました。その方こと、現在のホームステイ先の家族です。本当に縁は不思議なものです。

事務長さんに連れらて、医学部長、副医学部長、地域医療主任教授と面談をすることになりました。留学のいきさつ、どんなことを将来したいのかなど、さまざまなアドヴァイスを受けることになりました。非常に和気あいあいとしたなかで話が進みました。課題は多いのですが、がんばろう!という気持ちが強かったことを思い出します。

その後、副医学部長のご案内で、授業見学をすることになりました。きょうの授業も解剖学だったのですが、二年前のはじめての見学も解剖学でした。当時のことを解剖学の教授と話したのですが、本当に二年も過ぎたなんてびっくり、という感じでした。

2005年8月30日はあっという間に過ぎてしまいました。この夜は、大学の前にあるファーストフードの店でハンバーガーセット購入してホテルで食事をしました。少々疲れていたので、そのまま寝てしまい、深夜に目を覚ましました。すると学生が、それも女子学生がまだ歩いていて、この街がいかに安全かということを感じました。

もちろんその後、二度寝をしたことはいうまでもありません。笑

ちなみに、こんばんは、お手伝いさんに頼み、カツカレーを作ってもらうことに!!Tataさんは非常に料理がお上手で毎回感動しています。満足満足。。。

ちょっとこれから一休みをして、明日の予習をします。



2007年8月25日

デング熱その後

先日、デング熱についてお話しいたしました。実は僕のまわりの方が数名デング熱に感染いたしました。そんなこともあり、デング熱について書かせていただきました。幸いなことに、無事に退院することが出来てました。

不思議なことはあるもので、今月は、公衆衛生の授業で感染症について学び、特にデング熱についてまなびました。加えて、PBLでは、血液学がテーマで、その中で止血についてもまなび、止血帯テスト(ターニケットテスト)について実習がありました。まさに、デング熱のように血小板数が減少している患者さんの状態をチェックする時に行うものだったのでこれまた教室でただ単に学ぶだけではなく、お見舞いの時に、肌の状況をチェックさせてもらって、いろいろと学ばせてもらいました。

デング熱に感染されたということで、積極的にTawatawaの葉を煎じたものをお飲みになっていて、状況が改善されていたのもとても印象的でした。近代医療だけではなく、伝統的な薬草治療も効果があるんですね。こちらの保健省では、薬が手に入らない場合に薬草で代用することを勧めています。またこちらも機会を見つけてご紹介したいと思います。



外務省のサイトより
デング熱

http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/kakuron03.html


1. はじめに
デング熱は、デングウイルスを保有した小型のヤブ蚊(ネッタイシマカ、ヒトスジシマカ)に刺されることにより感染するウイルス性の疾患です。その流行は東 南アジア、南アジア、中南米諸国で多く、感染地域は中国南部、南太平洋諸島、アフリカにも拡大しています。デング熱患者は過去30年間で劇的に増加し、世 界では年間約1億人の患者数と推定されています。

デング熱を媒介するネッタイシマカは、熱帯の都市環境に良く適応していて、ヒトの生活圏、例えば家屋内外の小さな水たまり(空き缶、水 槽、竹の切り株、古タイヤ)で繁殖します。卵は乾燥しても生き延び、再び水を得るとボウフラになりますが、孵化したボウフラは約10日と短期間に成虫にま で発育します。このネッタイシマカは昼間吸血性で、日の出後と日没前の数時間に最も活発になりますが、日陰や室内、曇天では一日中活動します。その飛行範 囲は100m程度と比較的狭く、家屋に沿って移動すると言われています。都市型のデングウイルスは蚊→ヒト→蚊の感染サイクルで維持され、ヒトからヒトへ の直接感染はありません。デングウイルスは、血清学的に4つの型がありますが、型による症状の軽重はありません。例えば2型に感染した場合、2型に対して は終生免疫がありますが、4つの型があるため、理論的には4回感染するわけです。しかし、3度目以降の感染は殆ど無いと言われています。

日本では1942年〜1945年に、長崎、神戸などの西日本でデング熱の大流行がありました。これは、戦争中に東南アジアから戻った軍 用船中のデング熱罹患患者によって持ちこまれたもので、当時はヒトスジシマカが伝搬を受け継いだと考えられています。現在、日本国内にはデングウイルスは 常在しておらず、国内のデング熱患者は全て海外で感染した輸入感染症です。その殆どが東南アジア諸国への旅行者で、患者数は近年増加傾向にあります。

2. 症状
デングウイルス保有の蚊に刺されて(感染)から発症するまでの期間(潜伏期)は、普通4〜7日です。症状は、急激な発熱(38〜40度)で始まり、頭痛、 関節痛、筋肉痛、眼窩痛、倦怠感を伴います。発熱は4〜8日間継続し、痒みを伴ったハシカ様の発疹が、熱の下がる頃に胸部や四肢に広がることがあります。 また、食欲不振、全身倦怠感は1〜2週間続き、血小板が減少した例では、鼻出血、歯肉からの出血、生理出血の過多を見ることもあります。通常、これらのデ ング熱の症状は1〜2週で軽快し、後遺症を伴うことは殆どありません。デングウイルスに感染しても症状の出現しない例(不顕性感染)も多いようですが、そ の頻度については不明です。

3. 検査
血液検査の特徴は、発症の初期より白血球の減少(通常 2,000/ul以下)と血小板の減少がほぼ全例に見られることです。血中のデングウイルスIgM抗体は、発症の4〜5日目頃から陽性となり、この時点で デング熱の診断が得られます。このIgM抗体は2〜3カ月で陰性化しますが、別のタイプのデングウイルスIgG抗体の上昇は発症の3週頃から長期にわたっ て認められます。また、殆どの患者に血清のトランスアミラーゼ(GOT、 GPT)の軽度上昇(肝機能障害)が見られます。

発症の初期(4日頃まで)には血中にウイルスが存在するため、この期間にデングウイルスの分離やデングウイルス遺伝子の検出も可能です。このDNA検査により、デングウイルスの型を知ることもできますが、これらは特殊な検査ですので途上国では一般的でありません。

4. 診断
急性の熱性疾患で、頭痛、筋肉痛、関節痛、眼窩痛、発疹、出血傾向などデング熱を疑わせる症状があって、デングウイル ス抗体(IgM、IgG)やデングウイルスの分離、ウイルス遺伝子の検出があれば、デング熱の診断は確実となります。症状が似ていてデング熱と鑑別を必要 とする疾患には、発疹を伴うウイルス性疾患(麻疹、風疹)、腸チフス、マラリア、インフルエンザ、髄膜炎、A型肝炎などがあります。症状のみでは、デング 熱の診断はできません。

5. 治療
デング熱に対する特効薬はありません。治療は症状に応じた対症療法が基本で、脱水予防に経口による水分補給や点滴補液療法が重要となります。解熱剤には、 パラセタモール(アセトアミノフェン)を用いるのが一般的で、アスピリンは出血傾向を増強する恐れがあるので禁忌です。また、抗生剤はデング熱には効果が ありません。

6. デング出血熱:DHF
デングウイルスの感染でありながら、デング熱とは異なった重篤な病態を呈するものにデング出血熱があります。このデング出血熱は、成人より小児(3〜7歳)に多く発症する傾向があり、患者数は世界中で年間25〜50万人と言われています。

発熱の2〜7日後に不安・興奮状態となり、胸水や腹水の貯留が高い頻度で見られ、肝臓の腫大も伴います。血小板数の著しい減少と血液凝固時間の延長によ り、全身の出血傾向(皮下出血、鼻血、吐血、下血、血尿)が見られ、重症例では血圧が低下しショック症状に陥るもので、通常のデング熱とは全く異なった経 過をたどります。デング出血熱の患者に対する治療は点滴補液が主体ですが、血小板減少の程度により血小板輸血が必要となります。適切な治療がなければ、死 亡率は15%程度に上りますが、集中治療により、その死亡率は1%以下に押さえることができます。同じデングウイルスの感染でありながら、デング熱とは異 なった病態のデング出血熱は、初回感染より2度目以降の感染に多い傾向があります。このデング出血熱が、どのようなメカニズムで発症するかは諸説あり、今 のところ不明です。

7. 予防について
現在、デング熱予防ワクチンは実用化されていませんし、マラリアのような予防薬もありません。ネッタイシマカはヒトの生活圏で繁殖しますので、蚊の繁殖す る環境を徹底的に排除すること(空き缶の処理、貯水槽の管理)が最も重要と思われます。また、蚊に刺されないよう外出時には虫除けスプレーを用いたり、室 内では蚊取り線香を使う等の蚊に刺されないような注意が大切と思われます。

一般に高層の集合住宅に住む方が、独立家屋よりデング熱の感染リスクが低い傾向がありますので、住居選びの際の参考にして下さい。

8. 症例
スリランカ在住の15歳女性が、日本に帰国した当日に突然の発熱で発症しました。その翌日に開業医を受診し、重症との ことで感染症専門病院を紹介されて入院となりました。入院時には40℃の発熱、頭痛、筋肉痛、関節痛、全身の倦怠感があり、腸チフスやデング熱が疑われま した。血液検査では、白血球と血小板の数が著しく減少しています。高熱は5日間続き、その間身体がだるく食欲は全くありませんでした。入院中は、点滴療法 が行われています。次第に熱が下がり、症状も軽快したことから第6日目に退院となっています。入院中、肝機能検査でGOT、GPTの軽度上昇を認めていま すが、第10日目が最も高い値を示しました。経過中にデング熱特有の発疹は認められていません。この症例はデング熱IgM抗体が陽性であったことでデング 熱の診断がつきましたが、症状だけでは診断がつかなかったと考えられます。また、第24日目の血液検査では、白血球、血小板、肝機能のいずれもが正常化 し、後遺症を認めず治癒しています。この患者さんはスリランカで感染し、帰国後に発症した中等度のデング熱の一例です。


2007年8月21日

それこそ思いがけないことで



blogでもThe Secretについて書きましたが、プログラムの中で紹介されていたことを実践してから、不思議なことをたくさん経験しています。きょう体験したこともまさにびっくり!

いまから三週間前に、タフな時計が欲しいなあって思っていました。というのは、日本出発前に、お気に入りの時計を直してもらったのですが、時間を合わせようとしたら、リューズが壊れたんです。ナイキの時計なのです。日本からせっかく送ってもらって、プールでもどこでも使えるかなと楽しみにしていました。そんなこともあり、タフな時計が欲しいなあと思っていました。

タフな時計といえば、カシオのGショック。早速、専門のサイトを見たりしてました。気になったものは、電波時計で、太陽電池で動き、世界時計で、アナログ時計でした。でも、値段も立派なものでした。笑 いまは新しい時計を購入する予算がないので、またの機会かなって思ったんです。

きょう、同じ街で生活をする日本人のともだちから、渡したいものがあるということで、連絡をいただきました。僕はてっきり、旅行土産かと思っていました。これを読んでいらっしゃる方は、すっかり想像がついていると思います。そうなんです。僕がサイトで見た時計を、いただいたんです。最初見たときに本当にびっくりしました。こんなことってあるのかなって思いました。うれしくなって、写真に撮りました。笑

今朝、久しぶりに親戚の子にメールを送ったのですが、その時に、何故かGショックのことを思い出したんです。女医さんで、Gショックを使っていて。何の脈略もなく思ったので、その時は全く気がつかなかったのですが、きょう丸一日の展開を振り返ると気づかせだったんですね。あまりに出来すぎていると思われる方!僕もびっくりしているんです。本当に。

スペッくは以下のようです。すごい時計ですよね!本当に。Sさん、ありがとうございます!!大切に使わせていただきます。

G-SHOCK初のアナ/デジ・コンビネーションモデルAW-500が復活。
G-SHOCKでは初めて対衝撃アナログ/デジタルのコンビネーションモジュールを搭載したAW-500がTHE-Gとなって復活!ラウンドのケースデザ インや、凸凹のないシンプルなバンド形状はそのままに、電波受信機能とタフソーラーを搭載。ベゼル上部のPROTECTIONの文字や、時計・分針のカ ラー、形状、側面ボタンの色までこだわり再現しています。また、電波ソーラーの機能性、実用性から3つ液晶部を設け、進化した文字板には、AW-500に も採用されていた落下時の衝撃をグラフ化したショックアブゾービングカーブをデザイン。往年のデザインを色濃く残しながらも、正統進化したコンビモデルで す。
・G-SHOCK初のコンビモデルAW-500を踏襲したデザイン
・電波受信機能(国内2局自動選局/北米電波対応)
・タフソーラー
・操作音のON/OFFが可能なミュート機能

共通仕様

■電波受信機能(周波数40KHz/60KHz自動切換え/北米電波対応)
■フルオートカレンダー
■耐衝撃構造
■タフソーラー(大容量ソーラー充電システム)
■フル充電時約6ヶ月駆動(パワーセービング状態で約15ヶ月)
■パワーセービング機能
■20気圧防水機能
■ワールドタイム機能(世界48都市)
■ストップウオッチ機能(1/100秒、60分計スプリット付き)
■タイマー(セット単位1分、最大セット60分、1/10秒単位で計測)
■時刻アラーム(時報)
■LEDライト(スーパーイルミネーター)
■素材 樹脂+ラバーバンド
■サイズ(H×W×D)/重さ:55.2mm×47.6mm×14.2mm/約51g